僕らは最強なんだぜ

僕らが望んでいた景色全部は今日という日の為にあったのだ!

セラヴィの世界に浸かってみる

この度セラヴィがWEST.10th Anniversary AWARD「MVが観たい楽曲」部門で一位を獲得しました。

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っっっビックリしました。


寝耳に水、青天の霹靂。なんかもうビッカーーーンって感じでしたね。あれ、雷の擬音ってこんなだったか?

ちなみに私は「PARA!PARA!チャ~ハン」選んでました。180度どころかぐるぐる回って900度ぐらい角度間違えたので、なるほどな!!と感じましたね。ミクジュのINTERが天才すぎてもっとしっかり見たいってなったのかな、分かる。


完成されたMVを見る前に、そういえばセラヴィについてしっかり考えたことなかったな~と思ったのでこのタイミングですがブログを書いている次第です。今更過ぎますが、お付き合いください。


セラヴィ
作詞作曲:キタニタツヤ 編曲:Nobuaki Tanaka,キタニタツヤ

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この曲、イントロが比較的長め。
印象的なギターのリフが続きますが、アレンジによりだんだん音が重なり、イントロの中で聴者が世界観に入りやすくなっています。神山大先生による長いイントロを効果的に使った振り付けも印象的ですよね。あとギター弾くみたいな振り付けとかね〜、ぐへへ(どうした)


冬が終わって春が来るように
気づいた時には大人になっていた
いつか僕も誰かの思い出の花瓶の中で
枯れてゆくのだろう

 

いつの間にか暖かくなり世間が春の始まりを告げていた。季節の境目が明確ではないように、自分たちも自覚のない間に他人から「大人」と呼ばれるようになっていた。そうやって季節か、人生が、自分の意志とは別にうつろっていくように、いつか自分も誰かの中で勝手に思い出にされていくのだろう。達観した考えをもっている主人公。「花瓶の中で枯れていく」という表現は花がもといた場所から他人に摘まれて花瓶という閉鎖的な場所でそのまま枯れていくように自分も人の思い出の中で色褪せていくということ。美しくも儚い世界観。


空白がいつか君になっていた
君がいつかメロディになっていた
そうやっていつか煙になる頃に笑えるように

 

さっきからずっと詩的というか比喩が多いからむずい(愚痴が早い)。自分の中に存在した「君」が形なくなったとしても音として残っているように、悲しい出来事も煙になる(=焼けて跡形もなくなる、すっかりなくなる)頃には笑い話になっていますようにということでしょうか。


季節と共に
変わっていく僕を怖がらないで
変わっていく君を責めないで
花は散って、人はさよならを繰り返す
C'est la vie,c'est la vie !
笑えないことばかりが増えてしまって
流せない涙が溜まってく
綺麗じゃなくても
伸ばした手を拒まれても
うつろいながら続いていく
C'est la vie.

 

サビでタイトルがでてきました。
「セラヴィ」とはフランス語で「人生ってこんなもんさ」という意味です。稀にポジティブな意味でも使われますが、基本は悪い出来事が起きた後に諦めを含んで使われる決まり文句です。
このブログを書く前に同じ題名のフランスのコメディ映画を見ました。内容としてはウエディングプランナーである主人公が携わる結婚式当日の出来事について。途中まではもうトラブル続きで最悪なことばかり起こるのですが、最後は美しくハッピーエンドの作品でした。Bメロと重なりますが、諦めといってもどんなに悪いことが起きてもユーモアを持っていつか笑い話にしようよという意味を含んだ言葉みたいですね。うーん、フランス人おしゃれだね。

季節のうつろいの積み重ねで一つの人生となるのだから、当然自分自身も変化をしながら生きていく。変わっていくことは寂しく時に怖いけどそれを恐れないでほしいと「君」に願っている主人公。「花が散る」と言われると私は真っ先に桜が散る風景を思い出しますが、Aメロの冬から春になる描写とも重なる。まぁ私の住んでるところ雪国なので桜散るのもっと遅いんですけど(いらん情報)

振り付けの話をします。「C'est la vie」を2回続けるところ、手でまず口元を封じ、次に目元を隠します。はぁ~~~~それだけでかっけぇ~~~~~~~(声高)。
神山大先生は結構歌詞を振り付けに落とし込む方だと思っているので、この振りはどういう意味なのかと考えたのですが、おそらくこの後の歌詞を指しているのかな。「笑えない」で笑顔の時には口角があがるから口元を封じて、「流せない涙」で目元を封じる。

人生が世界が美しくなくても、変わってしまった自分を「君」に拒まれても、自分の意志とは関係なく、季節はうつろっていく。それも人生さ、というサビ。


冬が終わって春が来るように
あの日の僕らを洗った涼風が
花で飾った君を鮮やかに染めてゆく様
あんまり綺麗だから

 

ここの歌詞凄い。「涼風」は夏の終わりに吹くさわやかな風のこと。夏の季語でありますが、秋の気配を感じられる時期のことを指す。
気になるのは「あの日」がいつを指すのか。私の中では一番の歌詞を考えると主人公と「君」は今はもう違う場所で生きているのではないかと思っています。変わってしまった主人公を受け入れることができなかった「君」。あの日とは「君」が主人公を拒んだ日なのかな。この曲は季節のうつろいと人生や主人公の変化を連動させているから、拒絶されたことを冬とするなら春になるということは、主人公の気持ちが前に進み始めているということ。涼風を夏から秋へ連れていく風として表しているため、「あの日」と「君」を思い出として美化してくれたのかもしれない。

ここで間奏。曲の構成が珍しい。主人公が「君」といた思い出を蘇らせている間かもしれませんね。

 

育った風景が懐かしくなってゆく
いくつの思い出を落としてきたんだろう?
そうやって傷が増えた代わりに君を知れたように

 

ここは「思い出」に関する描写。この曲はキーワードが複数あってそれについて繰り返すように歌っているな。

ここは「思い出を落としてきたんだろう」の濵ちゃんの歌い方ね。感情が遠い。一番もそうだけど、ここで一瞬メロディがすっとなくなるのが劇的で良い。落としたものがもう2度と拾えない深い深い闇に落ちていったように感じられる。

 

 

日に日に変わっていく僕も悪くはないと
変わっていく君も素敵だと
少しずつだって受け入れられますように
C'est la vie,c'est la vie!
笑えないことばかりが増えてしまって
流せない涙が溜まってく
綺麗じゃなくても
伸ばした手を拒まれても
うつろいながら続いていく

 

2番サビ。歌詞の意図は1番と同じかな。会うことはない「君」への願い。ライブ映像は毎回「日に日に」の神ちゃんで命を落としかけます。

 

雪が泥になるように
人が思い出になるように
僕の心の何もない場所に
君が住み着いてしまったりして
全てがうつろっていく
古い自分が流されていく
先の見えない未来に漕ぎ出すこと
怖がらないで進めばいい
C'est la vie.

C'est la vie!

 

最後の歌詞。雪が溶けても泥が残る。人はいなくなっても思い出が残る。跡形もなくなると思ったものも実は全てが消えることなどないように、主人公の中から「君」が消えることはない。空白に現れた「君」は過去になったとしてもずっと「君」のままなのだ。

「うつろう」「流される」「漕ぎ出す」「進む」すべて一箇所に止まることなく動いている。前2つは自分の意思関係ない言葉(受動的)だけど、後ろ2つは意思が見える。

 

新しい自分に変化していくこと、怖がらず受け入れてほしい、だってそれが人生なのだから。

ここの「C'est la vie」は一番サビとは違う、ポジティブな言葉。フランス人の考え方と同じように終わりは前向きになっています。楽しいひと時もいつか思い出になり、そこにいた人たちも自分の側からいなくなってしまう。でもそういった別れの先に新しい出会いがあるんですね。

 

そしてアウトロ。ライブだとここは藤井さんがセンター。INTERの映像も含めてこの曲は彼の印象が強い。最後彼が希望を掴むように上へ手を伸ばす。

 

 

 

 

 

とセラヴィについて読み解いてみました。私の解釈だし、この曲全体的に比喩が多いので捉え方は何通りもあると思います。世界観が美しく、確かにその世界観をMVとして残しておきたいと思う方も多いのかもしれませんね。それでは。